【多能工・配管業】付いた配管屋は大変でしたが、仕事が面白くやりがいのあるものでした。

【多能工・配管業】付いた配管屋は大変でしたが、仕事が面白くやりがいのあるものでした。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
28歳頃

【当時の職業】
多能工で配管業の手元

【当時の住まい】
都内の一軒家で妻と子供、義母、とで住んでいました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
多能工として、毎日が違う現場に行くのですが、たまたまそこの現場で長期に使って貰いました。
そこで、配管屋さんの手元として作業をしていました。

【環境と仕事内容】
作業内容は、テナントビルの設備の改修工事やメンテナンス工事です。
会社は近くに在り車で作業場まで行きますが、駅がすぐそばにあるるので電車通勤をしていました。
会社は15程の社員がいて、笠下に設備業者が何組も入っています。
作業内容は、配管のつまりや直し冷暖房の配管バルブ交換、換気扇の清掃から取り付けなどですが、配管のサイズが太いので、大変でした。
私は、配管屋さんの手元です。
勤務時間、休日はその作業により異なりました。

【大変だった時期】
その現場で働くようになって10年以上で、最初の2年程手元についてからです。




【大変だったこと】
私が、付いた人が変わり者で苦労しました。
普段作業をしていない時はとても良い人なのですが、作業を始めて時間が経つと人格が変わっていくのです。
一つも息を抜くことが出来づ、耐え動いていないと怒鳴られるか、凄い目で睨まれるのです。
兎に角、その変わり様は凄まじく、誰もが一目置かざる負えませんでした。
仕事も人一倍こなす方で付いて行くのが可なりきつい日々で、可ならづ怒鳴られるので毎日、仕事に行くのがやな気持ちでした。
知らない仕事で緊張をしながら作業をしているのですが、そこに怒鳴り声が、と言うより嫌味な事を言われるので、気の休まる時が無く、人間として私は此れで良いのかと思うほど考え始める日々が続き悩んでいました。

【大変だった期間】
10年近く居た中の2年程です。




【当時の心境】
毎日、気が重く自身がダメ人間では、などと思い始めていました。
とてもこのような姿を妻や子供には見せたくないと思っていました。」辞めたいけど生活が在るし我慢してやるしかないと、半ば諦めていた事を今でも思い出します。

【職場が大変だった原因】
会社は良かったのですが、使っていた配管屋さんが良くなかったと思いますが、腕は確かでしたから手放せなかったのでしょう。




【仕事で良かったこと】
修理して、担当者に喜んでもらえる事や自分がこの建物をメンテしていること、仕事が上手く予定道理に行ったときなどは、手元でも良かったと思う事が出来ました。
水が止まらづ大変な事になる事も在るので、本当に上手く行った時は良かったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
台風の来る日の夜の工事での事です。
前々から工事はの日取りは決まっていましたが、その日は台風が直撃する予報になっていました。
その日は、ビルの電源を全て落として朝から発電機や照明などを段取りしたり材料や工具を用意したり、工事の段取りをミーティングしたり、色々忙しくしていました。
早めの夕食を済ませて18時から良く9時までには全ての工事を終わらせる予定です。
10班程の配管屋さんが色々な処の工事を始めました。
時間との勝負で、何が在っても終わるまでの作業です、配管を切断して繋変え、水を通し、漏れを確認するまでが工事流れです。
段々明るくなってくると気が焦り始め動きも素早くなっていきます。
兎に角時間との勝負。
精神的に疲れました。




【相談した人・助けてくれた人】
会社の社員に私と同じ年の人がいて色々相談に乗って貰いました。
後は多能工差がもう一人いたのですが良く一緒に飲みに行って愚痴を聞いて貰ったり聞いたりしていました。
会社の上司も何か在れば言って下さいと言ってくれていました。

【改善のための行動】
兎に角、その人に付いて行けるように仕事を覚えたり、動作や、道具色々勉強して覚えました。
たまに私が工事に行って作業が出来るまでになりました。
会社の人は認めてくれるようになったと思いますが、まだ手元作業の1人です。




【現在の状況と心境の変化】
その配管屋はいなくなり、私がその人の代わりに作業をすることになり、私に手元が付くようになりました。
暫くして、独立して配管屋になりました。
道具を買い人も2人程使うようになり。
付いていた配管屋さんには仕事面ではたいへん感謝しています。
段々と違う処の仕事も始める様になり、設備工業として動き始める事が出来rています。

【学んだこと】
真面目に取り組めば、見ている人が可ならづいると言う事です。
人との出会いも進む道を変える事になる事の大きさお知りました。



【当時の自分へのアドバイス】
我慢強く頑張ってやれば、見ている人は見ていてくれると思います。
仕事していて、親方の言う事は聞く事、仕事は自分で見て覚える事、覚えた仕事は遠慮なく使ってみる事。
怒られたらふて腐らづ、勉強だと思い仕事に生かせるように、思う事。
休まない事。
体調管理も仕事のうちに入る事を覚える事。
無理をせず、ペースを掴む事。